今更感もありますが・・・やっぱり記録は残しておきたい!
ということで、書きますですよ、お産の記録@矢島助産院。
※後ほど記事を(2008年1月24日)の日付に移動します。
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1月23日
健診から帰っても外は雪、だんぎ〜をつれて散歩に出かけるわけにもいかないし、マンションの外階段の上り下りをするのも滑りそうで危ない。うまいことジンツーを呼ぶ方法はないものかと思案しても、な〜んにも浮かばない。
雪のためにはるちんの通う幼稚園のバスが運行中止になり、急遽迎えにいくことに。朝はつれてってくれたのに、いきなり言われても困るよね〜。雪の中をだんぎ〜を連れて30分も歩くのは大変なので、タクシーを利用。はるちんは幼稚園でバスが止まったことを「バスガゆきでこおっちゃったの」といってました。そんな風におそわったのか〜?
なんとしても明日の朝、矢島さんが発つまでに産みたい私は(
参照)、散歩や階段昇降のかわりにだんぎ〜を抱っこしてスクワット。しかしそれでもお腹は張らず、なんだかムダに疲労しただけの気が・・・。
夕飯の支度をする頃からまた、朝のような軽いおなかの張りを感じるようになった。間隔は9〜17分とまちまち。夕食後に子供たちとお風呂にはいっても張りは変わらず、結局22時近くなり「どうせ今日はもううまれないや」と子供たちを寝かしつけると同時に自分も布団に入りうとうとしはじめました。
23時頃、お腹の張りが強くなったようで目が覚めた。ちょうどダンナが帰宅して遅い夕飯を食べているところだった。
「陣痛、きたかも」と言うと、じゃー体力をつけなきゃね!と、明日の朝のために残しておいたおかずまでもモリモリ食べ始めたので、私も一緒になっておにぎりを作って食べた。
(でも今考えると、3人目のお産なんだから長時間かかるわけでもなし、この食事は不要だったよね・・・)
1月24日
日付が変わった頃、助産院に電話。1時間くらい様子を見てまた電話してくださいといわれたけれど、陣痛の間隔が7分から5分に縮まりおなかの張りも強くなってきたので早めに助産院に行くことに。
再度電話してその旨を伝えると、眠りこける子供たちをおこしてタクシーへ。チビたちを起こすのはかわいそうだと思ったけれど、おかーさんが赤ちゃんを産むのはこれが最後(のはず)だから許してね〜。
タクシーの中で子供たちは対照的。だんぎ〜は車に乗って上機嫌で「あか、あお」「ぶうぶ」とおしゃべり。はるちんは慣れない状況に緊張してガタガタ震え、手は冷たくなっていた。
助産院に着くと助産婦さんが出迎えてくれた。私を見て「その様子じゃ、まだまだ大丈夫ね」と言い、2号室に案内してくれた。
1号室にはお産が進んだ人が先に入っていた。
(午前1時)